QURULI

QURULI

ロックの枠に収まらず、古今東西ジャンルを問わず様々な音楽の影響を受けながら、音楽を介して常に新しい驚きを産み出し続けているバンド、くるり。 京都の立命館大学の音楽サークル“ロック・コミューン”にて岸田繁(vo,g)、佐藤征史(b,vo)、森信行(ds)により、1996年9月に結成。今もライヴで演奏されている「虹」(歌詞は一部異なる)や「マイオールドタイマー」などを収録した自主制作のカセットテープ音源『くるりの一回転』(96年)をきっかけに、2枚のインディー・アルバム『もしもし』(97年)と『ファンデリア』(98年)を発表。シングル「東京」(98年)でビクターのスピードスターレコーズよりメジャー・デビューした。翌年4月には、プロデューサーに佐久間正英を迎え「東京」や「虹」を含むシンプルだが骨太のロック・サウンドが印象的な1stアルバム『さよならストレンジャー』をリリースする。99年にはフジロックフェスティバルに初出演し、その知名度は全国区のものとなった。2ndアルバム『図鑑』(00年)では、シカゴ音響派として知られるジム・オルークが「チアノーゼ」など15曲中5曲をプロデュース。歌詞にも漂う焦操感や苛立ちをぶつけたような轟音のギター・サウンドなど1stアルバムからは一転、オルタナティヴ色を強く感じるサウンドとなった。初めてのセルフ・プロデュース作品となった『TEAM ROCK』(01年)では、実験的なエレクトロニカの要素が加わり、4つ打ちのギターロック「ワンダーフォーゲル」や「ばらの花」などの代表曲が収録された。 デビュー以降3ピース・バンドとして活動してきたが、01年9月にギタリストとして同じサークルに所属していた1つ先輩の大村達身が加入し4人体制になる。このメンバーで初の海外レコーディングを行い生まれたのが『THE WORLD IS MINE』(02年)だ。この作品の先行シングルとしてリリースされた「ワールズエンド・スーパーノヴァ」はくるりにとって最大のシングル・ヒットとなった。 人気は上り調子だったが、02年7月にドラムの森が脱退。それでも歩みを止めることなく、9月にドラマーの臺太郎をサポートにザ・ディスメンバメント・プランとのアメリカ・ツアーに出る。そこでくるりの演奏に感銘を受けたというクリストファー・マグワイアと出会い、03年11月にドラマーとして正式加入することとなった。この4人体制でフル・アナログで録音した『アンテナ』(04年)はマグワイアのダイナミックなプレイがぶつかり合う全編生演奏のロック・アルバムとなったが、そのマグワイアも同年の10月に脱退することに。その後、共演経験のある臺太郎、クリフ・アーモンドなどのサポート・ドラマーを迎え『NIKKI』(05年)を、翌年、初となるベスト盤『ベストオブくるり / TOWER OF MUSIC LOVER』をリリースした。06年には年末のフェスを最後に大村がくるりを去り、正式メンバーは岸田と佐藤の2人となった。 メンバーの脱退はあったものの、初のウィーン・レコーディングを敢行しロックとクラシックが融合したといえる意欲作『ワルツを踊れ』を07年6月にリリース。同年9月には、くるりが国内外のアーティストをオーガナイズし、彼らの地元京都の梅小路公園にて毎年開催している野外音楽フェス“京都音楽博覧会”がスタートする。2人体制のまま、音楽性の異なる『魂のゆくえ』(09年)、『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』(10年)を続けて世に出した。 そして、新メンバーが加わる転機となったのが11年3月11日に起こった東日本大震災。その日、サポート・ドラマーにBobo、ギタリストにフジファブリックの山内総一 郎を帯同し行っていた『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』のリリース・ツアーの追加公演のために京都にいた岸田は拠点としていた東京に戻らず京都にしばらく留まる。そこで出会った吉田省念(g)、ファンファン(tp,key,vo)と同ツアーの武道館ライヴでパーカッションを担当した田中佑司(ds)が6月に正式加入した。5人体制になり、新生くるりとなったが、12月に田中が脱退。4人での韓国レコーディングを経て生まれたのが10枚目となるアルバム『坩堝の電圧』(12年)だ。同作は岸田以外のメンバーがメイン・ヴォーカルをとる曲もありバラエティに富んだ19曲の大作となり、被災地である福島県相馬市の名を冠した曲があるなど震災の影響を感じる作品ともなった。 この4人体制は、吉田が13年4月に行われたイヴェントを最後にバンドを抜けることを終わりを迎え、岸田、佐藤、ファンファンという現体制となった。12年にはいろいろな文化や風景が混じり合った多国籍なサウンドを形にした『THE PIER』をリリース。メンバー個人の活動も活発になり、中でも岸田は、2016年に「岸田繁交響曲第一番」を作曲するなど作曲家としても活躍している。目下、最新アルバムとなる『ソングライン』(18年)には、「春を待つ」、「忘れないように」などのデビュー前に演奏されていた楽曲がついに結実し音源化され、くるりの歌心の原点が詰まったような作品となった。現在も一点に留まることなく、彼らの音楽を探求する旅は今もなお続いている。

Type

Group

Founded

Sep 1, 1996

Founded in

Kyoto

Country

Japan

Rating

Roles